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三鷹ブルームーンにて
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第34回 ♪Vivo sonhando「Dreamer」夢見る人(2006年夏号)
私の夏は9月末にやっと終わったのです。
すぐエッセイを書くつもりが10月に入ってしまいました。
ダイアリーには散々「ボサッてる」と書いてきましたが(笑)
初夏のころにひょんなきっかけからボサノバのレパートリーを
貯めて歌い始め、気がついたらどっぷりハマってしまって、秋になった現在に至ります。
思い起こせば、4月から阪急インターナショナルというゴージャスな
ホテルの25階のバーで毎週レギュラーで弾き語りをはじめたのです。
それまでは弾き語りでも、思いっきり声を出して歌えるバーでのライブばかりでした。
ところが、始めた頃、ここでは毎回のように「音量を下げてもらえますか?」と黒服のスタッフに注意を受けたのです。
大好きなポップスのナンバーがリクエストきても、思いっきり歌えないというジレンマの中、こんな消化不良のライブはイヤだ!と悩んでいました。
しかし、ホテルの仕事ではドレスを着用し、リッチな気分でお客様の雰囲気づくりに一役買えるのが最高です。夜景を見ながら、もしかしたらプロポーズしてるカップルもいるかもしれません。。そんなお手伝いを私の歌で出来たなら、、、こんなうれしいことはないのです。
そんな時、音楽仲間の一人が、ライブアフターのドライブ中に「イリアーヌ」を聞かせてくれました。彼女のサウンドとは運命の出会いを感じました。
素晴らしいピアニストでありながら、ボサノバテイストで雰囲気のある囁き系の歌を歌っていたのです。。。「これや!」と思いました。
お洒落だし、囁き系でホテルのバーの雰囲気にピッタリ、自分自身でも楽しんでやれそうと直感したのでしょうね。
そういうきっかけで、私のボサノバ人生がスタートしたのです。
凝り性の私は、興味を持ったアーチストのCDなど山ほど収集し、
気に入った曲(楽譜のあるもの)を片っ端からレパートリーに加え、
毎週ホテルで歌いました。今では「ボサノバシンガー」と思われてるほどです(笑)
もともと好きなジャンルの音楽でしたから、それなりのレパートリーは英語で
持ってましたが、本格的にポルトガル語でやり始めました。
ラテン音楽とジャズが融合してできたボサノバですから(ジャズと違ってリオの上流階級の人たちが作った音楽ですって!)、コードが難解で、とてもピアノが弾けるとは思いませんでした。が、イリアーヌに惚れこんだのと、練習を重ねるうちにピアノもなんとなく弾けるようになってきました。
今では楽譜のない曲を耳コピー(聞いて自分で楽譜を作成すること)も少しずつ可能になってきました。
ある日思い立って、ひと夏研究したボサノバの成果をライブで試したい!と、友人に東京在住のボサノバ教則本を出してる本格派ギタリストを紹介してもらいました。そして彼のツーカーのベースとスタンゲッツ顔負けのサックスと4人でライブをしたのが、9月の末だったというわけです。
お陰様で無事成功し、成果もそれなりに披露できて、ホッとしました。このユニットでの第二弾ライブも決まりました。
ボサノバに接してよりナチュラル志向になったとも感じます。
海や山や風。。自然を題材に歌ったものが多いのです。そしてなんとも言えない切ない感情が込み上げるのです。魂にぐっと来るような・・。
現在も、ボサノバの名曲名演を聴くと、何度聞いても涙が溢れます。
実際、私のミューズ、イリアーヌを見聞しに「ブルーノート」へも足を運びました。生粋のカリオカ(洗練された大都会・リオ育ち)である彼女が醸し出す、ものすごいグルーブ感の原点が、サンバのダンスだったという発見があったり、めちゃめちゃ早く動く指に感動を覚え、15歳で既に先生をしていた天才だということも知りました。
みなさんもご存知の、カルロスジョビンの有名な曲はだいたいレパートリーに加わりました。
現在では、もう少しポップスやジャズに近いシンガーソングライター「イヴァンリンス」がマイ・アイドルです。
クインシージョーンズやパティオースチン、ジョージベンソン、エラやマントラに至るまで、素晴らしいアーチストたちが彼の曲を取り上げて歌っていたのです。日本でもジャズシンガー阿川泰子さんが、共演したアルバムを二枚も出してると知りました。
彼は今60歳で、もちろん演奏活動もしています。
10年ほど前には来日公演もひんぱんに行ってたようでした。
去年にはあの「東京JAZZ」にゲストで参加、ジャズシンガー・チャリートと共演していたそうです。
実はちょうどその頃から、彼の名曲・「ラブダンス」の神秘的な世界に魅かれて歌っていたのです。が、当時私にはまだ難しすぎる、と時の経つのを待ってた気もします。そして、やっと今等身大で彼の曲を歌えるようになったのかもしれません。
目下の私の夢は彼との共演です。
最近耳コピした彼の大好きな曲「I'm not alone」などは
彼がイントロで軽くスキャットし出すだけでもうダメです。
涙腺が緩む・・。
なにがそうさせるのでしょう、、イリアーヌの音楽もそうでした。
きっと私はカリオカに憧れ、切なく魂を揺さぶられる、アジアの、日本の、ちっぽけな女の子なのです。
ボサノバを研究し、歌ってきたことによって、クラシックのナンバーが歌えるほどにハイトーン(高い声)が復活したという相乗効果もありました。
最近、ファンの方々が「そんなにジャンルを替えたら(去年の今頃は「アモール」でラテンをがんばってた)何歌手かわからなくなるよ」と心配してくれました。
ボサノバの世界には10年も前から憧れてたし、これからの私の音楽に
大きく影響することは間違いないです。しかし、ボサノバ専門のシンガーになろうとは思ってません。そう、ジャズもポップスもラテンも日本の曲も歌って行きたいのです。
色んな音楽を私の中に取り入れて攪拌し、寝かして、中谷泰子オリジナルのジャンルを抽出するんだ!と自分に願ってる現在の私です。
まだもう少し時間はかかりそうですが、みなさん優しく見守っていてくださいね。
2006年「夏」の一曲は、カルロスジョビンの曲で、
イリアーヌもイヴァンリンスも歌ってる「Dreamer」を選びました。
Vivo sonhando 「Dreamer」 夢見る人
夢を見て暮らしてる 何千年も限りなく 心の中で問いかけてる
この瞳が君の姿しか映さないのはなぜだろう?
いつの日か気付いてもらえるのだろうか?
それでも僕にできることは たったふたつ
カルロスジョビンはこんなロマンチックな歌を書くのに
とても真面目な人でした。生涯二人の女性しか愛さなかったのです。
「君」は私の元へ来てくれるんだろうか?
2006年10月 鈴虫も鳴かなくなり、朝夕すっかり涼しくなった深夜に
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